ポスト京で「万物の理論」に迫る-格子計算から超弦理論の物理へ

素粒子の世界は、普段我々が目にする日常とはまったく異なっており、粒子の運動を解き明かすのに特殊な方法を用います。それが「格子化」です。本来、連続的に動いている素粒子を立体的な格子の中に閉じ込め、その振る舞いを数値的に研究する手法です。格子化のなかでも格子量子色力学(格子QCD)は多くの研究者の努力でめざましい発展をとげてきました。しかし、慶應義塾大学自然科学研究教育センター特任助教の加堂大輔(かどう・だいすけ)さんは「格子をQCDに“閉じ込め”させておくのはもったいない。格子の手法はもっと大きな可能性を秘めています」と語ります。加堂さんは、格子化にどのような可能性を見ているのでしょうか。

超弦理論-20世紀の2大理論は統合できるのか

ミクロの世界を理解できる量子論と、マクロの天体現象を説明する一般相対性理論。20世紀に生まれたこの2大理論は多くの現象を明らかにしてきました。しかし、ビッグバンで宇宙が誕生した瞬間や、ブラックホールの内部など重力が絡むミクロな現象は未解明のままです。
だからこそ、2つの理論を統合した究極的な「万物の理論」が求められているのです。その有力候補が超弦(ちょうげん)理論※1です(図1)。しかし、超弦理論に強い重力の効果を取り入れる方法がわかっておらず、現時点では未完成。これまで多くの理論物理学者がその解決に頭を悩ませてきました。

図1:超弦理論とその物理

図1:超弦理論とその物理
超弦理論が完成すれば、宇宙誕生のなぞ、初期宇宙の進化、ブラックホールのミクロな構造、物質や力の起源、時間や空間が生まれた理由など、物理学上の様々な難問が解決できると期待されている。(出典:東京大学素粒子物理国際研究センター百武慶文氏ホームページ

ゲージ重力対応の予想を格子計算で検証

超弦理論が素粒子の分野を越えて注目されるきっかけになったのは1997年、マルダセナ博士が発表した衝撃的なある予想にあります。マルダセナ博士は超弦理論を使って「ゲージ理論と重力理論は等価性をもつ」(ゲージ重力対応※2)と予想したのです。ゲージ理論とは、QCDのように素粒子の運動を説明する理論です。それが、一見無関係に思える重力の理論と同じという主張は奇想天外なものでした。しかし、ゲージ重力対応の中でもマルダセナの「AdS/CFT対応(Anti-de Sitter/Conformal Field Theory)」は、多くの物理学者に「この予想は正しいだろう」と思わせました。というのも、「超対称性」や「共形対称性」といった理論的に美しい性質を内包していたからです。
ただ、ゲージ重力対応は物理学上の仮説にすぎません。その正しさを検証する必要があります。(超対称な)ゲージ理論を格子化して数値計算し、その結果を超弦理論の計算結果と比較すれば、ゲージ理論と重力理論(そして、その先にある超弦理論)が本当に等価かどうかを検証できます。この検証が成功すれば、いままで迫れなかった「万物の理論」に格子理論を使った新しいアプローチで迫れるようになるはずです。
「ゲージ重力対応はコインの裏表のようですね。格子コインの表はQCD(ゲージ理論)ですが、裏側は超弦理論(重力の量子論)だったんです。QCDはクォークを閉じこめて陽子一つを作りますが、超弦理論はビッグバンを起こして宇宙全体を作ります。コインを裏返すと、同じ格子が宇宙創成やブラックホールの量子論といった物理学の大舞台にも立っていたんです」と加堂さんは格子化が超弦理論につながるという新たな可能性について語りました。

では、加堂さんはどのようにゲージ重力対応を検証したのでしょうか。加堂さんは、スーパーコンピュータ「京」を使って、1次元と2次元での検証を行いました(図2)。
1次元(図2左)は先行研究よりさらに低温の計算を実施した結果で、2次元の計算(図2右)をしたのは加堂さんが世界で初めてです。数値計算をする際には超対称性を格子化する手法が使われています。1次元のグラフ(図2左)では、温度を下げていくと、ゲージ理論の数値計算結果()は超弦理論の予測(黒破線)にスムースに近づいていきます。赤の点線は計算結果を説明するフィット曲線で、この曲がり具合は超弦理論から予測される値に一致します。2次元の場合(図2右)はもっと鮮明で、低温領域で黒破線とがぴたりと一致したことでゲージ重力対応が正しいとの検証できました。
この結果を見たとき加堂さんは「ゲージ重力対応は正しい」と確信し、さらに「超対称なゲージ理論を格子化した手法は妥当だと証明できた。これで、格子化が適用できる範囲が格段に広がった」と期待に胸をふくらませたと言います。

図2-1スーパーコンピュータ「京」で検証した低次元版のAdS/CFT対応図2-2スーパーコンピュータ「京」で検証した低次元版のAdS/CFT対応

図2:スーパーコンピュータ「京」で検証した低次元版のAdS/CFT対応
左図は1次元の結果で、縦軸がブラックホールの内部エネルギー、横軸は温度。右図は2次元の結果で、縦軸がブラックホールの内部エネルギー密度と圧力の差、横軸は温度。黒破線は、超弦理論から手計算で得られた結果。(青)、(青)、(赤)、(青)はスーパーコンピュータ「京」を使って加堂さんが数値的に求めた超対称ゲージ理論の計算結果。温度を下げていったときにゲージ理論の計算結果が超弦理論の結果と一致すれば、ゲージ重力対応が正しいと言える。

加堂さんが格子ゲージ理論を使った研究を始めたころ、格子化してゲージ理論(超対称性)を扱うのは不可能だと主張する研究者も多くいました。なぜなら、超対称変換を2回すると、わずかに横にずれる微小並進という性質があったからです。格子化された理論では、格子の交点や格子と格子をつなぐ線上のみに粒子が存在すると考えます。ですから、粒子は連続的に微小に動くことはできず、隣の格子点まで一足飛びにずれることを強いられるのです(図3)。

図3:格子と格子超対称性のイメージ図

図3:格子と格子超対称性のイメージ図
格子理論では、格子の交点にフェルミ粒子やスカラー粒子、辺に力を媒介するゲージ粒子を配置する。

その問題を解決する方法を考案したのが、加堂さんの共同研究者の杉野文彦氏(Institute for Basic Science, Korea)です。杉野さんのアイデアでは、微小並進を伴わない超対称性の一部分だけを格子化し、格子の間隔を限りなく0に近づけ連続の理論に戻すときに全ての超対称性を実現できるのです。
そうは言っても、そのアイデアを実際にスーパーコンピュータで実現するのは容易ではありませんでした。スーパーコンピュータに計算させるための、計算コード(アプリケーション)がなかったからです。
加堂さんは、理論的な整備とともに半年かけて計算コードを書き上げました。「計算コードをすべて自分で手作りしたので大変でしたね。僕は以前、筑波大学のPACS-CSグループで格子QCDの研究をかじっていたのですが、その時の経験が大変役に立ちました」と加堂さん。

ポスト「京」でマルダセナのAdS/CFT予想を本格検証

加堂さんが格子ゲージ理論の手法にこだわったのには、理由があります。AdS/CFT対応は4次元のゲージ理論と10次元の重力理論(超弦理論)が一致するという予想でした。格子理論は次元を上げるのが得意です。現在は1次元、2次元で計算していますが、将来的に4次元まであげることを見越して、加堂さんは格子ゲージ論にこだわりました。また、格子理論は並列計算に向いており、スーパーコンピュータの発展とともに扱える問題の規模が大きくできることも魅力です。
4次元では計算量は莫大になります。スーパーコンピュータに計算させるデータのサイズ(行列サイズ)は2次元で約4万だったのが、4次元で約1億にまで膨らんでしまうのです。加堂さんは、2020年頃に稼働開始するポスト「京」コンピュータを使って、4次元のAdS/CFT対応の検証に取り組む予定です。「京」を使って1年かかる計算を数日で計算できるポスト「京」なら現実的な時間で計算が可能になり、万物の理論にまた一歩近づけるのです。

新たな研究領域を創出したい

図4: 新しい分野の創出

格子化の手法は万物の理論に迫れる可能性も秘めている。そのことを、多くの研究者に知ってもらいたいと加堂さんは言います。「格子を使いゲージ重力対応を仲介して超弦理論に取り組む。格子QCDを創始したウィルソンにも思いつかなかった新たな手法で、なかなか解明が進まなかった物理学の難問(図1)に挑戦できます。格子で取り扱える問題は爆発的に広がります」。
そんな加堂さん。以前は、1つの問題に集中して紙と鉛筆を使って問題を解くことが好きでした。ところが、今では、1つの研究分野を創ることに興味が移ってきました。「格子と超弦理論を統合した“格子ゲージ重力対応“とでも呼ぶべき新しい分野が作れそうです。ゲージ重力対応は、素粒子、宇宙論、物性、情報科学(量子情報)といった多彩な研究領域に影響を与えているので、これらの領域でも次々にブレークスルーを起こしていくことでしょう(図4)。格子QCDが多くの研究者の努力で発展したように、この分野も多くの研究者が集う“場”になれば良いと思っているんです」と言います。
さらに「格子超対称性はこれまでに、杉野さんをはじめ※3、多くの研究者により日本を中心として進められてきました。ここにきて、彼らの研究が1つの分野に結実したようにも感じています。そのことも多くの人に知ってもらいたいことです」。「でもね、格子化は『万物の理論』に迫れると多くの人が知って、本当にみんながドッとこの問題に取り組むようになるっていうのも良くないと思うんですよ。集中は大事ですが研究はやはり多様性も重要でしょうからね。もしそんなことになったら、僕は『これやーめた』って新しいこと探し始めると思いますよ」。加堂さんはいたずらっ子のような目で楽しそうに話していました。

用語解説

※1 超弦理論
宇宙の最小基本要素をプランク長さ(10-35m)程度に広がった弦(ひも)だと考える理論。

※2 ゲージ重力対応
マルダセナのAdS/CFT対応が提唱されて以来いろいろなバージョンの対応が考えだされて、総称してこのようにと呼ばれている。

※3 格子超対称性の研究
この分野は日本が世界をリードしてきた。藤川和男さん、河本昇さん、坂本眞人さん、加藤光裕さん、宗 博人さん、菊川芳夫さん、鈴木 博さん、西村 淳さん、松浦 壮さん、浮田尚哉さん、金森逸作さんなど多くの研究者がいる。

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月刊JICFuS「目指すは究極の理論-スパコンを使って超弦理論とゲージ理論の等価性を検証する」伊敷吾郎氏(2014年)

参考文献

「超弦理論が明かす宇宙の起源」(協力:高エネルギー加速器研究機構・西村 淳)日経サイエンス2014年11月号 http://www.nikkei-science.com/201411_048.html

Recent progress in lattice supersymmetry: from lattice gauge theory to black holes, D. Kadoh, PoS LATTICE2015 (2016) 017

Gauge/gravity duality and lattice simulations of one dimensional SYM with sixteen supercharges, D. Kadoh, S. Kamata, arXiv:1503.08499

Restoration of supersymmetry in two-dimensional SYM with sixteen supercharges on the lattice, Eric Giguère, D. Kadoh, JHEP 1505 (2015) 082, refereed (2015)

Super Yang-Mills theories on the two-dimensional lattice with exact supersymmetry,F.Sugino, JHEP 0403 (2004) 067, refereed (2004)

A Lattice formulation of super Yang-Mills theories with exact supersymmetry, F. Sugino, JHEP 0401 (2004) 015, refereed (2004)

Various super Yang-Mills theories with exact supersymmetry on the lattice, F.Sugino, JHEP 0501 (2005) 016

Lattice formulation of 2D N = (2,2) SQCD based on the B model twist, D. Kadoh, F. Sugino, H. Suzuki, Nucl.Phys. B820 (2009) 99-115

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