αクラスター模型で原子核の構造を明らかに


Funaki-300「人の体は星屑からできているといわれます。生命の誕生に不可欠な炭素や酸素などの元素は、恒星の中で生まれたということです。でも、その元素、つまり原子核の構造には謎が多く、それが持つエネルギーや環境によって様々に姿を変える“お化け”のような存在であることがわかってきました。私はこの、決して目に見えない原子核の状態を量子力学を駆使して探ることで、新たな物質の存在形態を知りたいのです」。そう語るのは、理化学研究所協力研究員の船木 靖郎(ふなき・やすろう)さんです。船木さんは、αクラスター模型を使ったシミュレーションによって、原子核の構造を研究しています。

特異的な原子核の構造

図1 原子核の構造 原子核は陽子と中性子からできている。陽子や中性子はかたまっているのではなく、互いに力を及ぼしあいながらも自由に運動している。

図1 原子核の構造
原子核は陽子と中性子からできている。陽子や中性子はかたまっているのではなく、互いに力を及ぼしあいながらも自由に運動している。

原子核は、原子の中心にあって、陽子と中性子で構成されています。これらを「核子」といい、核子が核力で結び付いて原子核ができています。最も単純な原子核は陽子1個からできている水素(1H)で、そこに中性子が加わると重水素(2D)、さらに陽子1個と中性子1個が加わるとヘリウム(4He)になります。ヘリウム原子核はα粒子と呼ばれています。
「原子核は核子が集まったものですが、かたまってじっとしているわけではありません。核子同士が力を及ぼしあいながらも自由に運動する、ガスや液体のような状態と考えられています」と船木さんは説明します(図1)。
天然に存在する「核種」(原子核の種類)は300種ほどあると考えられており、それらの核種の誕生が宇宙のなりたちに関わるとされています。初期の宇宙には、水素とヘリウムしかなく、それらが重力によって集まって、ヘリウムより重い原子核が生まれました。

図2 炭素のホイル状態 ヘリウム(4He:図の左)からベリリウム(8Be)、炭素のホイル状態(右の衝突している部分)を経て、安定な炭素(12C:図の右下)が生成される。

図2 炭素のホイル状態
ヘリウム(4He:図の左)からベリリウム(8Be)、炭素のホイル状態(右の衝突している部分)を経て、安定な炭素(12C:図の右下)が生成される。

炭素(12C)より重い原子核をつくるためには、まず、ヘリウム原子核(α粒子)が2個集まったベリリウム(8Be)原子核に、さらにα粒子が衝突して炭素の原子核をつくる必要があります。しかし、ベリリウムは非常に不安定で10~16秒程度しか存在できず、すぐに元のα粒子2個に崩壊してしまいます。ところが、崩壊するまでにもう1つα粒子が反応すると、エネルギーレベルの高い励起状態の炭素になります。炭素原子核の励起状態は不安定で、高エネルギーのガンマ線を放出して、最もエネルギーレベルが低くて安定な炭素の基底状態に落ち着きます。
「この不安定な炭素原子核の励起状態をホイル状態と言います(図2)。この状態を通過しないと炭素原子核の合成が進みませんし、重い原子核への反応にもつながりません。私たちの体を作る炭素や酸素もできませんから、ホイル状態がないと私たちの体も作られないことになります」と船木さんは話します。ホイル状態がどんな構造をしているのかは不明な点が多く、実験と理論の両方から研究が続けられています。

原子核のふるまいを説明するための2つのモデル

図3 殻模型(左)とαクラスター模型(右) 殻模型は、原子核の中心にある陽子と中性子の塊の周りを陽子や中性子などの核子が回っているとするモデル。αクラスター模型は、α粒子を基本的な構成単位とするモデル。炭素の原子核(陽子6個、中性子6個)はα粒子3つからなると考える。

図3 殻模型(左)とαクラスター模型(右)
殻模型は、原子核の中心にある陽子と中性子の塊の周りを陽子や中性子などの核子が回っているとするモデル。αクラスター模型は、α粒子を基本的な構成単位とするモデル。炭素の原子核(陽子6個、中性子6個)はα粒子3つからなると考える。

原子核を研究するときは、「殻模型(からもけい)」というモデルがよく使われます。殻模型とは、核子が原子核の中を比較的自由に運動しつつ、同時に「殻」のような構造をもつとして原子核を記述しようとするものです。ヘリウムなどの質量数の小さな軽い原子核から質量数の大きい重い原子核まで広範囲で適用でき、原子核の構造や運動を理解するうえで標準的なモデルです(図3左)。
「殻模型は、安定な基底状態や多くの励起状態を説明するのに大成功した模型ですが、特に軽い原子核のいくつかの励起状態に関しては、殻模型ではどうしても説明がつかないことが示されてきました。αクラスター模型を用いると、そのような“不思議な状態”に関する多くの実験結果を矛盾なく説明できる場合が多いのです。そこでこのモデルで、殻模型で説明できないような励起状態の原子核を説明しようとしたのです」。
軽い原子核では、先にあげたα粒子(4He原子核)が大きな役割を果たしています。αクラスター模型では、α粒子を基本的な構成単位として、軽い原子核の構造や運動を考えます。この模型によれば、ベリリウム(8Be)原子核はα粒子2つから構成され、炭素(12C)原子核はα粒子3つからなると考えます(図3右)。

原子核の中の凝縮状態

船木さんらの研究グループは、まず炭素(12C)原子核の中でα粒子が相互作用するメカニズムを、αクラスター模型による緻密な計算によって調べました。その結果、励起状態の炭素の原子核はα粒子3個からなっており、核子の密度が基底状態の4分の1になることが確認できました。「基底状態では核子は液体の分子のようにふるまっていますが、励起状態では希薄なガスのような状態にあると考えられました」と船木さんは説明します。
また、これらのα粒子が「α凝縮」状態になっていることが示されました。α凝縮は、ボース・アインシュタイン凝縮に似た状態であることから名づけられました。ボース・アインシュタイン凝縮は、光子やヘリウム原子核に代表されるボース粒子に特有の現象で、多くの粒子が単一のエネルギー状態に存在する現象です。核子はボース粒子とは違う性質をもったフェルミ粒子であり、単一な状態に凝縮することができません。ところが、核子(フェルミ粒子)が4つ集まったα粒子はボース粒子としてふるまうため、α凝縮という現象が起こりうるのです。
このような、α粒子からなるガスのような状態は、炭素の原子核にとどまらず、酸素(16O)やネオン(20Ne)などの原子核でも存在する可能性があります。船木さんらは、炭素の原子核よりα粒子が1個多い、酸素の原子核でも調べてみたところ、予測通り励起状態にα凝縮状態が存在していることが示されました。

不思議な世界を明らかにしたい

「ホイル状態を殻模型で考えると、どうしても理解できない不思議なエネルギー状態があるのですが、それをαクラスター模型で計算すると、原子核の状態がわかります。それが、びっくりするくらい実験結果と一致するのです」と船木さん。
2011年に、東北大学や大阪大学の研究グループらの実験によって、炭素原子核のホイル状態には、第二のエネルギー励起状態があることがわかりました。このようなエネルギー状態があるのではないかと、αクラスター模型による計算では予言されていました。それが、実験でようやく確定したのです。
高温の恒星の中では、まず炭素の原子核ができ、次々に重い原子核がそれらの励起状態を経て作られていくと考えられています。実験だけではその状態を明らかにすることが難しく、αクラスター模型の計算機シミュレーションによる研究成果が期待されています。
「αクラスター模型により炭素や酸素の原子核の励起状態を説明することができました。続いて、これがどれだけ重い原子核まで通用するのかを調べています。原子核には、わからない状態がたくさんあります。この原子核の不思議な世界を明らかにしていきたいと思います」と船木さんは締めくくりました。