宇宙空間のプラズマ粒子の“なぜ?”に迫る

matsumoto_300この世界には、未だに解明されていない現象がたくさんあります。例えば、宇宙空間には、光の速さの約90%というものすごいスピードで運動する電子がほんのわずか存在していますが、これも未解明現象の一つです。電子のほか、陽子やイオンなど電荷をもつ粒子をプラズマ粒子と呼びます。宇宙空間のプラズマ粒子シミュレーションの専門家である、千葉大学大学院理学研究科の松本 洋介(まつもと・ようすけ)特任助教は今、この電子加速の謎に迫ろうとしています。

さまざまなプラズマ現象

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画像提供:NASA

写真1:2013年5月13日~14日にかけて発生した巨大太陽フレア(上)と磁気リコネクション 高速で運動する電子が放射をするので、強い光を放つ。

写真1:2013年5月13日~14日にかけて発生した巨大太陽フレア(上)と磁気リコネクション(下)
高速で運動する電子が放射をするので、強い光を放つ。

「昨日、大きな太陽フレア(写真1)が観測されました。あの現象は、磁気リコネクションによる爆発だと考えられているんですよ」と松本さん。取材前日の2013年5月13日~14日にかけて、巨大な太陽フレアが発生し、ネット上のニュースなどでも取り上げられました。太陽フレアとは、太陽表面で磁場と磁場が接近し、磁力線がつなぎ換わる(磁気リコネクション)ときに起こる大爆発のことで、写真のような強い光が観測されます。この光は、磁気リコネクションの衝撃によって周辺の電磁波が増幅され、その電磁波によって加速された電子がシンクロトロン放射*などを起こしたことによるものです。

写真2:超新星爆発の衝撃波面 白く発光しているのは、太陽フレア同様、高速で運動する電子によるシンクロトロン放射が原因。

写真2:超新星爆発の衝撃波面
白く発光しているのは、太陽フレア同様、高速で運動する電子によるシンクロトロン放射が原因。

ほかにも、超新星爆発が起こった際に、その衝撃波面が光って見えるのも、そこに高速の電子が存在しているからだとわかっています(写真2)。電子や陽子、イオンなど、電荷をもつ粒子をプラズマ粒子と呼ぶことから、これらの現象は“プラズマ現象”といわれています。

* 相対論的な速度(光の速さに近い速度)で移動する電子が磁場によって曲げられたとき、軌道の接線方向に光子を放出する現象。

プラズマ粒子の加速

「衝撃波においてプラズマ粒子が加速する現象については、標準理論『衝撃波統計加速(1次フェルミ加速)』が確立しています。しかし、この理論で電子を加速させようとすると、どうもうまくいかないのです」と松本さんは、電子加速を説明するのは簡単ではないといいます。一体どういうことなのでしょうか。

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図1:プラズマ粒子の加速の標準理論
プラズマ粒子は、対向して運動する電磁波の壁にぶつかりながら加速する。しかし、電子のように軽いと電磁波の磁力線に巻きつき加速できない。

プラズマ粒子の標準理論によると、プラズマ粒子は両側から対向して運動する強力な電磁波の壁に挟まれると、電磁波に交互にぶつかり跳ね返されながらエネルギーを獲得し加速するとされています(図1)。これをフェルミ加速といいます。実際、陽子やイオンなどのプラズマ粒子はこの理論に従って加速します。ところが、電子は強力な電磁波とぶつからずに、磁力線に巻きついてしまうというのです。その理由は、電子の質量が陽子の1840分の1ほどととても軽いからです。
しかし、超新星爆発の衝撃波面では、現実に相対論的なエネルギーを持つ電子が観測されています。そこで、松本さんは、どうしたら電子が加速するのか、そのプロセスを明らかにしようとさまざまなシミュレーションを行っています。

電子が加速する“偶然”を見つける

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図2:加速される電子とされない電子

ここでポイントとなるのが、高速の電子は、宇宙空間に“ごくわずかしか存在しない”ということです(非熱的高エネルギーの電子)。つまりそれは、電子の主な運動状態ではないのです。松本さんも、「ある電子が加速されるかどうかは、その電子が電磁波とぶつかったときの状況で決まります。ただし、ほとんどの電子は加速されないので、加速された電子はラッキーだったといえるかもしれません」と、ごくごく特殊な条件を偶然満たした電子だけが加速するのだといいます。一見同じように見える電子の中に、加速されるものとされないものが存在することについては、松本さんはすでにシミュレーションで確かめています(図2)。このシミュレーションが注目されている理由は、従来のシミュレーションが一次元であったのに対して、より高次の“二次元”で行われたことと、そのほかの点でもより現実的な条件設定で行われたことによります。そして、磁力線に巻き付くことなく加速する電子は、超新星爆発によってできる強力な電磁波にぶつかる前に、ある程度加速されている(らしい)という興味深い結果が得られました。
このシミュレーションによって、宇宙空間で電子が加速される条件の一端が見えてきました。しかし、これですべてが明らかになったわけではありません。そもそも、プラズマ粒子が加速する際に存在するという“電磁波の壁”が、どのようにして宇宙空間に現れるのかについても多くの謎が残っているのです。
「電子加速の一連のプロセスを解明することは、この分野においてとてもチャレンジングなことで、私がこれまでに示したことは、そのほんの入口に過ぎないのです」と松本さん。その一方で、「最近は、スーパーコンピュータ「京」を使ってシミュレーションを行っています。近いうちに、面白い結果を皆さんに発表できるかもしれません」とも話し、電子加速現象への理解が大きく一歩前進することを予感させます。この成果を受けて、電子加速に関する議論はまた新たな局面を迎えることになりそうです。

出発は、身近な宇宙を知ること

さまざまな宇宙研究がある中で、どうして松本さんはプラズマ粒子の研究をするようになったのでしょうか。「宇宙研究といっても、遠い宇宙ではなくて身近な宇宙を研究したいと思っていました」と話し、だから地球物理学を専攻したのだといいます。地球物理学分野では、地球の磁場が及ぶ宇宙空間“磁気圏”の研究が行われています。この磁気圏で起きている現象を説明するのに、プラズマ物理が欠かせません。例えば、太陽から地球に吹き付けるプラズマ粒子を太陽風と呼びますが、その挙動を説明するのにもプラズマ物理が用いられます。松本さんはプラズマ粒子の挙動をシミュレーションするために、学生時代から計算機を駆使していました。こうした経験が買われ、「京」を使ったプラズマシミュレーション研究に誘われたのです。
そんな松本さんは、この研究の面白さについて、「プラズマ粒子の挙動は、非線形現象です。非線形現象が線形現象と違う点は、現象を表す方程式はわかっているのに実際にどういうことが起こっているかを想像することができない、多様性に満ちているところです。そこで、コンピュータを使うのですが、思いもよらない結果が得られたりするのです」と話し、これからも「京」などの巨大計算機を使って、複雑な現象の解明に取り組んでいきたいといいます。

プラズマシミュレーションをもっと活用するために

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無衝突衝撃波

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ケルビン・ヘルムホルツ不安定

図3:pCANSを使ったシミュレーション事例
pCANSには、あらかじめ物理課題が用意されているので、パラメータを決めるだけで、簡単にシミュレーションを体験できる。

松本さんは自分の研究を進めながら、一方でこれまでに得た知識を後進に伝えることにも積極的です。シミュレーションの世界は、計算コード(プログラム)を使いこなさなくてはいい結果を得ることはできません。そこで学生が気軽にシミュレーションに触れられるように、さまざまなシミュレーション用コードが無償で提供されています。プラズマに関するものについていえば、例えば、CANS(Coordinated Astronomical Numeical Software)は、プラズマを流体として扱うことで、銀河や宇宙ジェットなど大きな構造のシミュレーションを可能にするコードをまとめたパッケージです。そこで松本さんは、自分の研究分野であるプラズマを粒子的に扱うシミュレーションのコードをパッケージ化し、CANSにちなんで「pCANS」と名づけて提供しています。この中にあるコードに、いろいろな条件を入れ込めば、衝撃波や磁気リコネクションなどプラズマ粒子が関わる現象のシミュレーションを行うことができます(図3)。さらにパッケージ内には、IDLという市販のデータ解析・可視化用のプログラム言語が入っており、計算結果の映像化もできます。「IDLは、宇宙分野で可視化が必要な現象ならだいたい映像化できるのでとても便利です。しかし、使いこなせるようになるのは結構大変です。だから、私が大学時代から蓄積してきた経験を、ほかの人にも活かしてほしいと思っています」。
まだまだ、謎が残されているプラズマ粒子。pCANSを使って学んだ学生が、次世代の研究者に育つ日が楽しみです。しかしその前に、松本さんが発表するシミュレーション結果から目が離せません。