【拠点長コラム】階層をつなぐシミュレーション:クォークから原子核へ


 計算基礎科学連携拠点ではスーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラムの研究開発課題のひとつである「シミュレーションで探る基礎科学:素粒子の基本法則から元素の生成まで」の実施拠点として所属する多くの研究者とともに成果創出に携わってきました。今回は計算基礎科学連携拠点の拠点長である橋本省二が成果創出を目指して拠点で行われている研究を紹介する「拠点長コラム」の第2弾。物質を構成する素粒子のひとつ「クォーク」はスーパーコンンピュータを用いてどのように研究が行われているのでしょうか。

階層をつなぐシミュレーション:クォークから原子核へ

 分子とは原子が連なったもので、その原子は原子核と電子でできている。さらに、原子核は陽子と中性子で、そして陽子や中性子はそれぞれ3つのクォークでできている。高校の物理の教科書にも書いてある物質の階層性ですが、これだけ知って満足してしまうのはもったいない。ここでは、その後半、つまり原子核、陽子と中性子、そしてクォークの世界を考えてみましょう。

 陽子と中性子は、電荷が異なる(+1と0)以外は非常に似た粒子ですので、これらをまとめて核子と呼ぶことにしましょう。核子の中で3つのクォークが固く結びついている様子、それと核子がいくつもくっついて原子核を作る様子は、それぞれまったく異なるものですが、その鍵はいずれもそこに働く力、「量子色力学」にあります。自然界の4つの力の一つに「強い相互作用」あるいは「強い力」というのがありますが、この3つはどれも同じものを表しています。

 量子色力学が何をしているか、日常生活で感じとることはできません。ごく短距離でしか力が働かないせいですね。どのくらい短距離かというと、微細な原子の世界を制御する技術を称して呼ばれる「ナノテクノロジー」の世界、それよりもさらに100万分の1の長さです。とても見ることはできないので、想像を働かせてみることにしましょう。

3色をまとめるように引き合う3つのクォーク。強く結びついて核子をつくる。

 まず驚くべきことは、クォークには「色」がついていることです。色といっても日常生活で出会う普通の意味の色とは関係ありません。クォークには電荷に似た色荷というものがついており、その色荷は3種類あるので色の三原色になぞらえて「色」と呼んでいるだけのことです。電荷があると電磁気力が働くのと同じように、色荷があると強い力が働きます。「強い力」はその名の通り、電磁気力よりも数十倍も強い力ですので、クォークが結びつく様子を考えるときにはとりあえず電磁気力のことは忘れてもかまいません。さて、色荷には3種類あります。これらを「赤」、「青」、「緑」と呼ぶことにしましょう。この力の特徴は、3色をまとめるようにひきつける点にあります。まるで赤、青、緑の手をもつY字形の金具があって、そこからヒモがのびてそれぞれの色のクォークを引っ張るようなイメージです。クォーク3つがくっついて核子をつくるのはそのためです。
 
 ここにもうひとつ忘れてはならないことがあります。電磁気学でプラスとマイナスの電荷が引き合うのと同じように、「赤」のマイナス色荷「反赤」は引き合います。(青と緑も同様です。)「反赤」をもっているのはクォークの反粒子である反クォーク。こうしてクォークと反クォークが結びついた粒子が作られます。中間子と呼ばれるこれらの粒子には多くの種類がありますが、そのなかでももっとも軽いものはパイ中間子と呼ばれ、核子同士を結びつける粒子として湯川秀樹の中間子論に登場しました。

 ここまでクォークと強い力について、まるで見てきたかのようにお話ししましたが、実はすべて私のもっている雑なイメージにすぎません。というのも、ここで働く力はすべて量子論の法則にしたがいます。量子論では、いろんな状態が同時に存在し、それらすべてを考え合わせることで現実の世界を説明できます。ですから、「クォークが3つくっついて」というのは数多くある状態のうちの一つを取り出して語っているにすぎず、実際には他の多くの状態も同時に考える必要があります。なかにはクォークと反クォークが真空から勝手に対生成して周囲を漂っているような状態や、それがいくつも重なりあったややこしい状態もあります。核子のなかがどうなっているかを想像しようとすると、実は本当は大変なことになっているのです。

 核子のもつ性質を再現するには、前回もお話しした量子色力学の数値シミュレーションを行うほかありません。たった一つの核子の中身を知るには、そこにあらわれる数多くのクォークと反クォーク、それに色荷をひっぱる役割をするグルーオンがめちゃくちゃに飛び回る様子をすべて考えないといけません。数値シミュレーションで調べるときには、時空を4次元の格子で表現し、その格子点に置いたクォークをあらわす「場」が波打つ様子を数値的に表現します。量子論では波と粒子は同じものの二つの側面ですから、クォークという粒子を扱うのではなく、その波を考えるわけです。4次元格子上を伝わっていくクォークの波。それらを組み合わせることで、核子の様子を再現することになります。

 核子(陽子あるいは中性子)のことはわかった。今日ご紹介したいのは、それらがさらに結びついてできる原子核です。もっとも簡単な原子核は、陽子1個と中性子1個が結びついたもので、重陽子と呼ばれます。陽子と同じく電荷は+1なので、化学的性質は陽子、つまり水素と同じで、重水と呼ばれることもありますね。ともあれ、この重陽子。陽子1個と中性子1個の束縛状態、と言うのは簡単ですが、これまでの話からすると、むしろクォーク3個とクォーク3個、全体ではクォーク6個の状態と考えるべきではないか。そうは思いませんか?

 実際、これはその通りなんです。ただ、それではあまりに大変なので、陽子と中性子が、ある力で結びついていると考えて説明するのが普通です。「ある力」というのは、核力と呼ばれていて、あの湯川秀樹が説明しようとしたものです。そこにはパイ中間子という別の粒子(あるいは場)が登場します。ただ、この考えをつきつめていくと、どんどん問題が深まっていきます。核力を精密に計算しようとすると、パイ中間子だけでは足らないことがわかるのです。さらに別の粒子を加えて、またさらに、と徐々に泥沼にはまっていきます。それはいやなので、核子と核子の散乱実験のデータをあれこれ組み合わせて核力の模型をつくり、それを使うのが普通です。ただ、これでは理論的に説明したことにはならないでしょう。

 この状況をどうにかするには、最終的にはやはりシミュレーションによるしかありません。クォーク3個のシミュレーションができるなら、大変かもしれないけど6個だってできるだろう。ということで、現在では実際に核子2個を入れた量子色力学のシミュレーションが行われています。日本では「京」コンピュータの時代に大きく発展し、スーパーコンピュータ「富岳」の時代に入ってさらに詳細な計算が行われるようになりました。

陽子と中性子が反応している図

 このシミュレーションで計算するのは、ある距離だけ離して置いた2つの核子にはたらく力の強さです。核子のなかではクォークがごちゃごちゃ動いています。2つの核子が近くにいたら、たまたまその中のクォークを互いに交換することもあるでしょう。クォークを交換したときにエネルギーが低くなるようだと、2つの核子がより近づいてときどきクォークを交換したほうがエネルギー的に得をする。つまり、核子の間には引力が働くことになります。これまでは実験で測定した結果をそのまま使うしかなかった核力の研究ですが、このシミュレーションによってクォークの世界から出てくる力としての基礎があたえられることになったわけです。

茨城県東海村にあるJ-PARC

 シミュレーションで計算できることの利点は他にもあります。実験では測定が難しい場合も計算ならできるのです。その一つの例は、ストレンジクォークを含んだ核子(ハイペロンと呼ばれます)にはたらく核力です。通常の核子とはちがって自然界に存在するものではないため、加速器を使って作るしかなく、せっかく作っても寿命があって壊れてしまうので、その測定はかなり難易度が上がります。こういう場合でもシミュレーションなら調べることができます。茨城県東海村のJ-PARCでも、ハイペロンの性質を示す実験が進められています。その結果の理論的な説明には、シミュレーションが活躍するわけです。

 最近では、ストレンジクォークばかり3個集まってできたオメガ粒子の間にはたらく力の計算も行われました。その結果によれば、オメガ粒子を2個組み合わせた「ダイオメガ」という束縛状態が存在するはずだといいます。実験では見つかっていないこの粒子は果たして実在するでしょうか?
 

スーパーコンピュータ「京」で予言されたダイオメガ

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