将来、宇宙誕生の謎に迫るため 今、銀河における分子雲形成過程をつぶさに追う

「宇宙はどのように始まって、今のような姿になったのか」。

この謎に世界中の研究者が挑んでいますが、どう迫っていくかは、それぞれのやり方があります。「一つひとつの星が、銀河の中でどうできたかを知りたいのです。そのために、まず分子雲がどのようにできたかを明らかにするところから始めています」と話す杉村さんは、先にある大きな目標を見据えながら、分子雲形成過程の高解像度シミュレーションに着手しています。

銀河と星をつなぐ架け橋「分子雲」

太陽系のある天の川銀河をはじめ、銀河は、たくさんの星々が集まった天体です。銀河の中で星が生まれることに疑う余地はありませんが、実際に星の形成過程を解明するには、銀河と星のスケールはあまりにもかけ離れているため、両者の間をつなぐ架け橋となる天体の形成を先に考えなければなりません(図1)。それが分子雲です。

分子雲とは、水素分子(H2)を主成分とする、雲のような高密度ガス(気体)の塊です。宇宙を構成する元素の多くを占めるのは水素で、そのほとんどが水素原子(H)として存在しています。しかし、何らかの理由で水素原子が集まって密度が高まると、バラバラの状態から、2つの原子が結合した水素分子へと変化します。こうして分子雲が形成され、この場所で星が生まれるのです。

図1:銀河、分子雲、星の関係
銀河の中のガスは普通、バラバラの原子として存在している(①)。ガスが何らかの理由で集まって高密度になると、ガス内の水素原子が結合して水素分子となり、分子雲を形成する(②)。分子雲内で星が誕生する(③)。太陽の8倍以上の重い星の場合、寿命を迎えると超新星爆発を起こす(④)。超新星爆発にはガスを掃き集める作用があるため、分子雲形成に関与すると考えられている(緑矢印)。杉村さんは、将来的に銀河の中での星の形成過程を明らかにするため、現在、銀河の中での分子雲形成過程(赤矢印)を研究している。(図版作成:日向麻梨子)

分子雲形成にまつわる4つの謎

分子雲の姿は観測技術の発展とともに明らかになりつつあります(図2)。それに遅れをとることなく、理論でも分子雲形成過程を解明したいと、杉村さんは考えています。

「宇宙空間における高密度の分子雲の形成にはさまざまな物理過程が関係しています。特に、磁場、自己重力乱流、超新星爆発、渦状腕の4つの関与が重要だと考えられているのですが、それぞれの詳細や関与の強さはまだ明らかになっていません。私たちの研究グループではこれらを『分子雲形成にまつわる4つの謎』と呼んでいます」。

一つずつ説明しましょう。まず、磁場とは、磁石の間に働く力です。宇宙空間では、物質が集まったりかき混ぜられたりすると、それに伴って磁力が増幅します。星の形成過程では、磁場は重要な役割を果たすことが知られているため、分子雲形成でも、磁場が重要なファクターとなっていると考えられています。

また、分子雲はガスが集まってできるので、その形成過程では、ガスの自己重力(自分自身の重力)によって集まろうとする作用が働きます。一方で、乱流(不規則な流れ)は、ガスが集まるのを妨げます。この自己重力と乱流の競合によって、分子雲ができるかどうかが決まりますが、競合がどのように進むかは不明です。

3つ目の超新星爆発は、太陽の8倍以上の重い星が最期を迎える時に起こす大爆発で、平均的な銀河では100年に1個くらいの割合で起こっているとされます。この大爆発でガスが掃き集められて高密度となり、分子雲を形成すると考えられていますが、その詳細は不明です。

そして渦状腕とは、渦巻き銀河で星々が集まって渦のように見える領域のことです(図2)。ここで分子雲が実際に観測されていることから、渦状腕がガスを重力的に引き寄せて、分子雲形成を誘発している可能性がいわれています。しかし、渦状腕と分子雲の関係がどのように作られるかは不明です。

杉村さんは、これら4つの謎をすべて考慮した超大規模シミュレーションによって、分子雲の形成過程を明らかにしようとしています。

図2:M51銀河(左上)とその分子雲の領域(左下)と星形成領域(右)。いずれも観測。銀河の白く光って見えるところに、星が存在している。星のある場所に沿って分子雲(左下、緑)が形成されている。この分子雲の領域で、星が形成されていることがわかる(右、赤)。観測からは、星は分子雲の中で形成すると言ってよさそうだ。(左上:NASA, Hubble Heritage Team, (STScI/AURA), ESA, S. Beckwith (STScI). Additional Processing: Robert Gendler、左下、右: Eva Schinnerer et al., “THE PdBI ARCSECOND WHIRLPOOL SURVEY (PAWS). I. A CLOUD-SCALE/MULTI-WAVELENGTH VIEW OF THE INTERSTELLAR MEDIUM IN A GRAND-DESIGN SPIRAL GALAXY”, The Astrophysical Journal 2013, 779, 42. Published 2013 November 25. DOI 10.1088/0004-637X/779/1/42)

「富岳」のパワーを発揮するためのコード選び

分子雲形成は注目の研究分野で、すでにいくつもの先行研究が行われています。それらの抱える課題について杉村さんは、「銀河全体の進化を計算する“グローバル計算”と、銀河内の一部の領域だけを切り出してその進化を計算する“ローカル計算”が行われています。しかし、前者は銀河全体というスケールの大きさから解像度を上げられません。後者は、高解像度で現実に近い物理過程を記述できますが、計算領域が狭くて渦状腕のような銀河スケールの構造の影響を考慮できません」と話します。そのため、スーパーコンピュータ「富岳」の膨大な計算資源をもってすれば、グローバル計算のような銀河スケールのダイナミクスを、ローカル計算並みの高解像度で解析することが可能だと期待しているのです。

では、「富岳」を使ってどのようなシミュレーションを行おうとしているのでしょうか。まず、どのようなコードを選ぶかが、「富岳」の能力を最大限に発揮させられるかどうかの鍵です。杉村さんは「Athena++」というコードに注目しました。「Athena++」は、磁気流体力学(MHD:magnetohydrodynamics)など宇宙研究に必要な基礎物理過程を実装しており、かつ場所によってグリッドサイズを変えて解像度を調整できる(AMR:Adaptive Mesh Refinement)「AMR MHDコード」の一つだからです。開発者の一人である東北大学の富田賢吾さんは、「富岳」成果創出加速プログラム「宇宙の構造形成と進化から惑星表層環境変動までの統一的描像の構築」のサブ課題B「星形成と惑星形成をつなぐ統一的描像の構築」の研究総括を務めており、「Athena++」についても「富岳」での大規模並列計算に適応するよう改良を続けています。そこで杉村さんは、「Athena++」に今回のシミュレーションで必要な超新星爆発や銀河の初期条件の生成などの機能を追加して使用することにしました。

「富岳」でのテスト計算で分子雲形成を確認

この「Athena++」を用いて「富岳」で、これまでに、天の川銀河での分子雲形成過程を再現するためのテスト計算を行いました。シミュレーションでは、まず磁場を設定した宇宙空間に水素原子を低密度で一様にばら撒きます。これをしばらく回転させ、落ち着いた時点を初期条件にしました(図3の0秒)。そこに超新星爆発を適度に起こしながら、ガスの変化を計算しました。時間とともに密度分布(図3上左)と温度分布(図3上右)に偏りが現れますが、密度の低いところと温度が高いところが対応しているのが見て取れます。この場所は超新星爆発が起こっているため、ガスが吹き飛ばされて低密度になっていますが、高温なのです。一方で、超新星爆発によって低密度になった領域の周辺には、ガスが掃き集められた高密度で低温の領域が現れます。同時に、ガスは渦状腕の重力の影響を受け、渦状腕に向かって集積していきます。こうして高密度ガスの分子雲が形成されるのです。

「テスト計算では、解像度は目標の4pc(パーセク:1pc=約3.2616 光年)より粗い8pcで、ガスの自己重力も考慮していません。それでも、私たちの知る限り、これだけの解像度で銀河全体にわたって磁場を考慮して分子雲形成をシミュレーションした計算はこれまでありません」と杉村さん。こうして新たなシミュレーションを成功させましたが、より詳細に分子雲形成に迫るために本計算の準備を始めています。





図3:分子雲形成過程のシミュレーション(「富岳」でのテスト計算の結果)。銀河を上から(上段)と横から(下段)見ている。それぞれ左は密度分布(nH:水素原子核密度)、右は温度分布を示す。数十~100pcほどのサイズとされる分子雲に対して、シミュレーションの解像度は8pc。最初、一様に散らばっていた水素原子の分布が、超新星爆発に伴って偏っていき、高密度の分子雲が形成される。同時に水素原子が渦状腕に向かって集積しており、渦状腕の重力の影響も見て取れる(上左の黄の領域)。横から見ると、超新星爆発の結果、銀河内のガスが熱せられ重力を振り切って外へ噴き出すとされる「銀河風」が起こっていた(下)。

星形成につながる分子雲の構造を知りたい

本計算では、解像度4pcで、超新星爆発を起こして準定常状態に落ち着いたところで、ガスの自己重力の効果を加えます。こうして分子雲をより精緻に再現することで、分子雲の中の密度や速度、磁場などの内部構造の詳細を三次元的に明らかにします。こうしてようやく、「分子雲の中で星がどのようにできるか」を考えられるようになり、当初の目的である「銀河と星の間の橋渡し」が可能になります。

次の段階では、主に分子雲内での星形成をシミュレーションしますが、杉村さんは、「現在の計算では、超新星はモデルを与えていて、実際に星が寿命を迎えて大爆発を起こしているわけではありません。この辺りを現実に近付けたいと思っています。また、実際の分子雲は星ができると破壊されます(図4)。この過程も取り入れて、銀河内の物質循環の全体像を明らかにしたいとも考えています」と、シミュレーションに盛り込みたいことが尽きません。

最終目標である「宇宙の始まり」に迫る頃には、杉村さんは多くの宇宙の謎を解いていることでしょう。

図4:ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST、左)とJWSTが観測したカリーナ分子雲(右)。赤外線観測用宇宙望遠鏡であるJWSTがカリーナ分子雲をくっきり捉えた。茶色い部分が分子雲で、青く晴れわたっている領域はすでに星ができ、その星の影響で分子雲が壊れつつある。(左:NASA, ESA, Northrop Grumman、右:NASA, ESA, CSA, STScI)

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