【拠点長コラム】宇宙一の大衝突

 計算基礎科学連携拠点ではスーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラムの研究開発課題のひとつである「シミュレーションで探る基礎科学:素粒子の基本法則から元素の生成まで」の実施拠点として所属する多くの研究者とともに成果創出に携わってきました。今回は計算基礎科学連携拠点の拠点長である橋本省二が成果創出を目指して拠点で行われている研究を紹介する「拠点長コラム」の第4弾。高校の物理で音や光が波であることを習った人は少なくないと思います。では、「重力波」って聞いたことがありますか?近年急速に研究が進んでいる重力波、その発生原因と、スーパーコンピュータのかかわりについて見ていきましょう。

宇宙一の大衝突

 2016年、初の重力波検出が報告されたのは、アインシュタインがそれを予言してからちょうど100年後のことでした。見つかればノーベル賞は確実、でもほんとうに見つかると思っていた人、あるいはこんなに早く見つかると思っていた人は宇宙物理の専門家のなかでも少なかったのではないでしょうか。なぜなら、2つのブラックホールが衝突するなどという偶然がそうそう起こると思えなかったから。アインシュタインの一般相対性理論がブラックホールを予言することはわかっているけど、それが宇宙にどれだけあるか、2つが近くにあって衝突する可能性がどれだけあるかなんて、光を出さないので観測できない以上ほとんどわかっていなかったわけですから。

 どこか遠くの銀河からやってくる重力波。それによる空間の振動はごくわずかです。だから、できるだけ派手な事件が起こってくれないと観測できません。どのくらい派手な事件かというと、月が地球に落ちてくるぐらいでは全然だめで、惑星が太陽に衝突するのでも足らない。太陽よりも数十倍も重いのにつぶれて一つの町くらいの大きさになってしまったブラックホールが2個、お互いに衝突するのなら十分派手な事件になります。近くで見たらきっと大迫力でしょうね。いや、光を出さないブラックホールは見えないし音も聞こえないので気づきもしないかもしれませんが。

 2つのブラックホールがダンスを踊るように互いの周りを回りながら重力波としてエネルギーを放出していき、徐々に近づきながら回転速度を上げ、最後には衝突する。そう解釈できる信号が検出されています。とはいえ、重力波だけでは「音」を聞いただけで衝突の様子を想像しているようなもので、詳しいことはわかりません。そもそも信号の特徴をある程度知っていないと、測定器周囲の環境からくる振動との区別すら難しいと言います。そして、一度観測されたらブラックホールの質量や地球からの距離など、できるだけ多くの情報を取り出したいわけです。ここで活躍するのがシミュレーションです。一般相対性理論の方程式を解いて、どんな重力波の信号が出るはずかを予想する。いろんな質量で計算してみて見本を作っておけば、現実に起こったものと比較して何が起こったのかを知ることができるというわけです。

 これだけでも十分おもしろいのですが、実のところブラックホールは退屈な存在です。何しろあらゆるものを飲み込んで真っ黒。残るのは重力だけですから、ある意味で単純な物体です。光ることもないので望遠鏡で見ても何も見えないでしょう。いろんな意味でもっとおもしろいのは、中性子星の合体なのです。

 太陽のような恒星が核融合による燃焼をつづけ、ついにその燃料がなくなってしまったとき、星は自分の重さを支えることができず、重力によってつぶれていきます。もとの星が非常に重いときにはこうしてブラックホールができますが、その一歩手前で踏みとどまったのが中性子星ということになります。重力による崩壊を踏みとどまらせるのは中性子にはたらく縮退圧、つまりパウリの排他原理のせいでおこる反発力、そして2つの中性子を無理やり近づけたときに働く強い反発力(核力)です。こうして星一つ分の膨大な数の中性子が一つに固まってしまう。その半径はせいぜい10キロメートル程度。巨大な原子核と考えてもいいかもしれません。

 宇宙にはこういう中性子星がたくさんあります。できるときに超新星爆発を伴うので、同定も比較的容易です。それらが2つ合体することもあるでしょう。ブラックホール合体ほど大きくはありませんが、やはり重力波を放出します。観測ではこういうのも捉えられています。これのどこがおもしろいのかというと、そこに物質が残っているということです。大量の中性子がぶつかり、周囲に撒き散らされる。周りの物質が中性子を吸うと、原子核のr過程といって、さまざまな種類の元素が作られることになります。これこそが金やプラチナなどの重い元素が宇宙に存在する理由かもしれない。そう考えられています。

 中性子星合体がおもしろい理由のもう一つは、重力波以外にも通常の光や電波などを放出する、つまり光るおかげで、その様子を文字通り見ることができるという点にあります。そうすると得られる情報は圧倒的です。どんな波長の光がどんな強さで出たか。衝突後にどう変化していったか、そういう詳細を調べることで、どんな衝突が起こったのかを明らかにすることができるわけです。そして、そこでどんな元素がどれだけ作られたのかもわかるはずです。



(c) Kota Hayashi, Kenta Kiuchi, Yuichiro Sekiguchi

 ここでもやはり必要なのはシミュレーションです。中性子星の場合、必要なのは重力だけではありません。物質が含まれるので、その状態方程式(どんな温度でどれだけ圧縮されるか)はもちろん、飛び出してくる電子やニュートリノも扱う必要があります。回転によって巻きついた磁力線がどんな影響をするかも見逃せません。あらゆる効果を取り入れたシミュレーションが必要になります。ある意味で、宇宙でもっとも過酷な現象をシミュレーションしようというわけですから一筋縄ではいきません。スーパーコンピュータ富岳では、そんなシミュレーションも進められています。

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