将来の宇宙天気予報につながるフレア発生型太陽黒点の形成メカニズムの解明

将来の宇宙天気予報につながる
フレア発生型太陽黒点の形成メカニズムの解明

 「フレア」は、太陽表面に現れる「黒点」で起こる爆発現象です。プラズマの塊や高エネルギー粒子、人体に有害な放射線が放出されるため、その発生を事前に知ろうと「宇宙天気予報」の必要性が言われています。名古屋大学 宇宙地球環境研究所の金子岳史さんは、そもそも黒点がどのようにしてできるかを解明することで、将来的にフレア発生を予測できる物理学的な方法を開発したいと考えています。最近、太陽内部の下降流がフレア発生型黒点の形成に重要であることをシミュレーションによって突き止めました。

太陽の爆発現象「フレア」の発生予測の必要性

図1:日本時間2017年9月6日21時頃に発生した巨大フレア。一際明るく発光している場所でフレアが発生している。フレアの規模を示すX線等級はX9.3で、最大級のXクラスの中でも特に巨大なフレアのひとつ。太陽の一部で発生したこのフレアによって、太陽全体から放射されるX線量が通常時の1000倍に達した。地球周辺では高エネルギープロトンの増加が確認された。
画像はNASAの太陽観測衛星「ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー(SDO)」が太陽からの極紫外線(波長131Å)を撮影したもの。Credit: NASA/SDO

 太陽表面で周囲よりも温度が低いために暗く見える「黒点」は、強い磁場が存在している領域です。この磁気エネルギーが荷電粒子(プラズマ)の熱や運動エネルギーへ変換されて起こるのが、「フレア」という爆発現象です(図1)。爆発に伴って、電気機器の故障の原因となる高エネルギー粒子や、紫外線やX線などの人体に有害な放射線が放出されます。地球は大気や地磁気に守られており、通常規模の太陽フレアでは極域くらいにしか影響が及びませんが、宇宙空間の利用がさらに進めば、フレアの影響を事前に知る必要が出てきます。また、11年で繰り返す太陽の活動周期はこれから極大期に向かうため、数年後には1年に20回程度のXクラスフレア(現代観測で最大級のフレア)が起こるようになります。こうした理由から「いつどの程度の規模のフレアが発生するか」を予測する「宇宙天気予報」の必要性が増しています。

 現在、太陽は非常に精度の高い観測が行われており、黒点についても発せられる光の解析により、どのような磁場があるかわかっています。

 「黒点の磁場は3000ガウス程度です。肩こりに貼る磁気治療器くらいの磁場強度なので、人体に悪影響を与えるほどではありません。ただ、黒点の面積は地球表面積の数十倍ほどありますから、ものすごく広大な面積に磁気治療器が貼られているイメージです」と金子さん。広大な磁場に溜まっている磁気エネルギーは10の25乗ジュール。日本で消費されるエネルギーの実に100万年分に相当します。このエネルギーの10%ほどが、フレアの起こる数十分ほどの間に一気に解放されます。

 また、黒点は正極と負極の分布によっていくつかの型に分けられ(図2)、そのうち分布が複雑で、正極と負極が近接しているδ型で大きな磁気エネルギーが溜まっており、巨大フレアが発生するケースが多いことが経験的に知られています。しかし例外も多く、黒点の磁場分布だけからフレア予測をするのは難しいのです。

図2:(左)可視光による太陽表面(光球)の観測。太陽表面の暗い部分が黒点。
(右)太陽表面で観測された磁場(視線方向成分)。黒点に強い磁場が集中している。白が正極、黒が負極を表す。一つの半暗部で囲まれた領域内に正極と負極の両方が存在している黒点は「δ型黒点」と呼ばれ、巨大なフレアを起こしやすいことが経験的に知られている。Credit: NASA/SDO

黒点形成メカニズムの先行研究

 そのため、フレアを予測するには、黒点ができるメカニズムにまで遡る必要があります。太陽内部で磁場が形成され、それが輸送されて太陽表面へ浮上し、黒点の磁場分布を形成していくプロセスを明らかにしなければなりません。しかし、太陽内部を直接観測することはできないためシミュレーションを行います。

 「世界中で黒点形成のシミュレーションがいろいろ行われていて、中には現実の黒点に近いものを再現できるものもあります。ただ、その多くで“磁気浮力”という磁場を太陽表面に運ぶ力を仮定していて“対流”を考慮していません。このことを多くの研究者が気がかりに思っています」と金子さんは現在の黒点形成シミュレーションの問題点を説明します。

 対流とは、太陽内部の「対流層」で起こっている運動です(図3)。対流を考慮したシミュレーションが少ないのは、流体力学の基礎方程式(ナビエ-ストークス方程式など)と電磁場の基礎方程式(マクスウェル方程式)を組み合わせた磁気流体力学方程式に加え、光によるエネルギー輸送を考慮するために輻射輸送方程式も解く必要があり、かなりの計算コストがかかるからです。最近、対流を考慮したシミュレーションの成功例が報告され始めましたが、計算コストの問題で計算領域がごく浅かったり、解像度が低かったりと満足できるものではありませんでした。

 この問題を解決したのが、2019年に千葉大学の堀田英之さんが開発した「輻射磁気流体計算コードR2D2」でした。輻射輸送を考慮した、磁場と対流の相互作用を計算する磁気流体シミュレーションコードで、深さ200 Mmまで計算できます。

図3 :太陽の内部構造と黒点の模式図。太陽内部は、中心部の核融合によって発生した光によってエネルギーが運ばれる「放射層」と光エネルギーが熱エネルギーに変換され対流運動を起こしている「対流層」から成る。太陽内部から磁場が浮上したところが黒点になる。太陽の半径は約700Mm。太陽の模式図はhttps://www.jicfus.jp/jp/promotion/pr/mj/2015-5/より堀田英之氏の許可を得て転載。

最先端のシミュレーションと統計的な手法で普遍的な黒点形成メカニズムに迫る

図4:輻射磁気流体シミュレーションの初期条件

 「コンピュータの性能とシミュレーション技術の進歩によって、非常に現実的な太陽内部の対流を再現することができるようになり、対流場が黒点形成へ与える影響が調べられるようになってきました。一方で課題となるのは、非常に複雑な計算結果から普遍的なメカニズムを抽出するために、解析上の工夫を要する点です」。

 対流は多くの微細な渦構造が集まった乱流であるため、シミュレーションの初期値を少し変えただけで、形成される黒点は大きく変わってきます。そのため、何が普遍的なメカニズムなのかがわからないのです。そこで金子さんは、統計的な方法でシミュレーション結果に潜むさまざまな不確定要素の中から普遍的性質を見つけようと考えました。つまりパラメータの初期値を少しずつ変えてたくさんのシミュレーションを行い、それらの結果を統計的に処理することで初期値の違いによらない普遍的な黒点形成メカニズムを浮かび上がらせようというのです。

 「現実的な対流場を再現するために輻射磁気流体方程式を高解像度で解く必要がありますが、計算コストが大きいため、それを統計的に扱えるだけの数まで行おうと考える人はいません」と金子さんが言うとおり、このアイデアは一般的には無茶なものです。しかし、スーパーコンピュータ「富岳」によって、それが可能になりました。

 「富岳」の計算資源を使い、輻射磁気流体計算コードR2D2のパラメータ初期値を少しずつ変えて、シミュレーションを行いました。具体的には、水平方向縦横96Mm、深さ200Mmの領域内に定常状態の太陽対流を再現した後、太陽内部の磁場に見立てた磁束管(磁力線の束)を挿入し、対流によって磁束管が上下に輸送される過程を計算しました(図4)。R2D2の特色は対流層の深い領域まで扱える点です。磁場は輸送過程で上下に大きく引き伸ばされることがあるため、対流層の深い領域まで計算領域に含めることが重要です。今回は磁束管を挿入する場所を変えて93ケースの計算を行いました。

 「統計的に扱うにはたくさんのシミュレーション結果が必要ですが、最初から何ケースやればいいかわかっていたわけではありません。徐々に数を増やしていき、平均的な描像が落ち着いたところが、93ケースでした」。この計算は、1ケースあたり128ノードで12-48時間くらいの計算量でした。これは一般的には決して小規模な計算ではありませんが、「富岳」の全ノード数約16万に対しては0.08%程度なので、複数ケースの同時実行も可能で、100例近い計算も1ヵ月程度(待ち時間込み)で終了しました。

図4動画:輻射磁気流体シミュレーションの典型的なシミュレーション結果。動画の左は磁場強度(緑)の変化を、動画の右は対流(赤が上昇流、青が下降流)の鉛直速度を表わしている。太陽表面の縦横96Mm、深さ方向200Mmの領域内の93カ所に磁束管を置いて、磁場と鉛直速度の変化をシミュレーションした。典型的な結果では、大きな下降流が見られる(動画右)、その上方の光球面で正極と負極が衝突しフレアの起こりやすいδ型黒点ができていた(動画左)。磁束管の挿入位置は、水平方向96Mmは3Mmおきの31カ所とし、深さ方向は22Mm、26Mm、30Mmの3段階として、全部で93カ所とした。

 典型的なシミュレーション結果を時間を追って見ると、まず、磁束管が上昇流に乗って光球面に浮上し、正極と負極ができます。次に、その磁束管が下降流によって下に引っ張られると、光球面では正極と負極が衝突してフレアの起こりやすいδ型黒点ができました(図4動画)。

 ただし、93ケースのシミュレーションでできた黒点は実に多様でした。金子さんは、「ケースごとにかなり違った磁場分布の黒点ができますが、そもそもの違いは対流の影響だけです。この結果は、黒点の形成には対流が非常に重要だということを示唆しています。昔から“黒点形成への対流の影響は強いのではないか”と言われてきましたが、それをシミュレーションによって明確にしたと思います」と、今回の成果の一つを解説します(図5)。

図5:93ケースの全シミュレーション結果。多くのδ型黒点が形成されたが、中には単純な双極型(β型)や磁場が上がってこないケースも見られる。磁束管周辺の対流場が変わるだけで、これだけさまざまな磁場分布をもつ黒点が形成された。

 こうして93通りの黒点ができたので、フレアで解放される最大エネルギーの指標となる磁場の自由エネルギー(磁場のエネルギーのうち熱や運動へ変換可能なエネルギー)の蓄積と、対流との相関を明らかにする統計的な解析を行いました。まず、各ケースの光球面の磁場の自由エネルギーの時間平均を求め、全ケースで合計しました(図6左)。これにより磁場の自由エネルギーの分布傾向がわかります。次に、各ケースについて太陽内部の全ての深さで対流の鉛直速度場の時間平均を求め、全ケースで平均しました(図6右)。そして両者を比べたところ、磁場の自由エネルギーは深さ40Mmの対流の鉛直速度場との相関が高かったのです(図6黒丸)。さらに詳細に検討すると、深さ20Mmから100Mmとの相関が高く、この深さの下降流(図6右の青)が、光球面の磁気エネルギーの蓄積、すなわちδ型黒点の形成に大きく影響していることがわかりました。「上昇流があるところの光球面に磁場が浮上するのに、磁場が集まって磁気エネルギーが蓄積するのは下降流のある場所という興味深い結果が得られました」と金子さん。これが今回のもう一つの成果です。

図6:光球面磁場の自由エネルギーの分布傾向(左)。より明るい部分で磁場の自由エネルギーが蓄積している。太陽内部対流層の異なる深さにおける鉛直速度の平均場の例(右)。赤が上昇流を、青が下降流を表わしている。図3と同様に、太陽の表面近くでは細かい構造が、深いところでは大きな構造が卓越している。両者を比較すると、光球面の磁場の自由エネルギーの分布は、深さ40Mmの鉛直速度との相関が高いとわかる。

 「“太陽で爆発が起こる”なんてすごいですよね」と話す金子さんが、この分野に進んだのは太陽への純粋な好奇心からでした。今回、「下降流がフレアを伴う黒点を形成する」という黒点形成のシナリオをシミュレーションで明らかにしたことで、講演会に呼ばれるようになりました。しかし「1つわかったら次のわからないことが出てきて、興味は尽きません」と話し、すでに次の研究に向かっています。それは、フレアが発生するメカニズムの検討です。

 金子さんは、自らがつくった「データ駆動型磁気流体シミュレーション」に今回再現した93ケースの黒点の磁場を取り込んで、どのくらいのエネルギーが解放されるかを調べています。検討は始まったばかりですが、将来の「宇宙天気予報」に向けて、金子さんのシミュレーションの中ではフレアが爆発し始めています。

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