研究開発

20世紀の物理学は、自然界の物質の極微の構造から宇宙全体に至るまでを記述する体系を作り上げました。この物質と宇宙の成り立ちの探究において、素粒子、原子核、宇宙物理の分野間連携が重要な役割を果たしてきました。たとえば、原子核と宇宙物理の協働により、核反応による星の進化の概要が明らかになり、初期宇宙における軽元素合成のビッグバン理論が誕生しました。さらに、素粒子と宇宙物理から素粒子論的宇宙論という新たな融合分野が生まれ、初期宇宙のダークマター生成とダークマターが支配する宇宙の進化の基本的枠組みが確立しました。

しかし、物質と宇宙の全体像の理解の鍵となる重要な物理過程のいくつかは、未解決の大きな謎として残されています。宇宙初期の相転移、素粒子による原子核構造の理解、星の誕生過程、超新星爆発の機構と重元素合成、ダークマターが支配する宇宙における銀河と超巨大ブラックホール形成など、素粒子から宇宙全体までをカバーする階層的構造形成のキープロセスです。これらは“紙と鉛筆”による計算では探究困難なものであり、大規模な数値解析によって初めてブレークスルーが期待されるものです。

戦略分野5「物質と宇宙の起源と構造」の研究目標は、素粒子、原子核、宇宙物理の3分野の理論研究者が計算科学という共通の手法を用いて協働することで、キープロセスの解明にブレークスルーをもたらすことです。ビッグバンによって始まる宇宙の歴史を、素粒子レベルでの力学的性質から出発して解明していきます。

京速コンピュータ「京」で達成可能な目標と意義(稼働後5年間)

①格子QCDによる物理点でのバリオン間相互作用の決定
物質の根源を成す素粒子“クォーク”の運動を、格子ゲージ理論の手法を用いて近似なしに解きます。

②大規模量子多体計算による核物性解明とその応用
格子QCDにより得られた核力などを用いて、原子核の量子構造を第一原理から決定します。

③超新星爆発およびブラックホール誕生過程の解明
ニュートリノ加熱シナリオに基づいて、超新星爆発の機構の概要を解明します。

④ダークマターの密度ゆらぎから生まれる第1世代天体形成
ダークマターによる宇宙の構造形成について、最小質量から銀河団スケールまで適用可能な理論モデルを構築します。

基礎科学の成果は、いますぐ国家・社会への影響をもたらすものではありません。しかし、人類による自然の理解において、異なった階層にまたがる現象の統一的理解を目指す学問の創造につながるもので、その長期的な波及効果は大きいと考えます。

戦略分野5の参加機関には最先端の計算利用を推進してきた長い歴史があり、「京」のような大規模な分散メモリ型スカラ超並列機の利用についても経験の蓄積があります。そのため、比較的早い時期に「京」のための効率的なプログラムを開発し、他分野の研究者ともノウハウを共有することで、HPCI全体の研究推進にも貢献できると考えています。さらに、次々世代のスーパーコンピュータ開発に向けた計算機科学に対して大きな動機付けを与え、必要とされる性能や規格などへのプラスの波及効果をもたらすことを期待しています。

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