プレスリリース:水銀原子核はハムレット


水銀原子核はハムレット

東京大学 大学院理学系研究科
理化学研究所
2018年10月2日

発表者

大塚 孝治
(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 名誉教授 / 同研究科附属原子核科学研究センター 前センター長 / 理化学研究所仁科加速器科学研究センター 客員主管研究員)
角田 佑介
(同研究科附属原子核科学研究センター 特任研究員)

発表のポイント

水銀同位体原子核の表面の形は[1]、基本は球形で、中性子数が 101、103、105 の時には楕円体である。中性子数がこれより少ないと偶数、奇数にかかわらず球形になることが CERN-ISOLDE[2]での実験で示された。
スーパーコンピュータ「京」でのモンテカルロ殻模型[3]計算と新たな多体メカニズムの発見によりこの異常な現象を解明。従来の理論では記述できなかった。中性子数の偶奇に対応して 1 次相転移[4]が 6 回連続して起きるという特異な現象であることも判明。球と楕円体の間を行ったり来たりする様は、まるでハムレットが生と死の間で悩むかのごとくである。
本研究成果は、未踏の領域に進み、従来の謎も解いて、今後の学術研究に大きなインパクトを与えるものであり、雑誌 Nature Physics に掲載される。

発表概要

 水銀の原子核は陽子数が 80 で魔法数 82 に近いため[5]、通常の考え方では一番安定な状態では硬い球のようになる。しかし、比較的早くから(1972、1977 年)、中性子数が 101、103、105 という特別な奇数の場合には定説通りにはなっていないことが、電荷分布の半径を測定する実験で分かっていた。しかしながら、中性子数 101 より小さい水銀同位体でも偶奇への依存性が続くかどうかは不明であった。この度、CERN-ISOLDE では装置の改良により実験対象の原子核を、中性子数がさらに少ない、よりエキゾチックな原子核[6]に広げることに成功して、この異常現象が中性子数 101 で終わることを見出した。

 3 つの奇数 101、103、105 だけが楕円体となり、その間の中性子数が 102、104、及び、この範囲外の同位体はどれも球形になる異常な現象は、水銀のような重い原子核では有効とされてきた既存の理論からの十分な説明が得られないまま、最初の実験から 50 年近い年月が経過していた。球と楕円体の間で、何度も行き来する様は、あたかも to be, or not to be と逡巡するハムレットのようである。

 本研究には東京大学大学院理学系研究科の大塚孝治教授、角田佑介特任研究員が理論研究面で加わった。これまでも、ポスト「京」重点課題 9に参加している東京大学を中心とするグループは、同グループが推進してきたモンテカルロ殻模型計算による大規模並列計算をさまざまな場合に対して行ってきた。今回は、主にスーパーコンピュータ「京」を用い、計算可能な限界に挑戦してこの難問を解決した。大規模計算と並行して、異常現象の背景にある基本メカニズムも解明した。即ち、核力のうち、陽子と中性子の間のモノポール力と四重極力[7]に含まれる特徴的な成分が、特別な場合に強く効いて起こることを示した。全く新しいメカニズムである。それがモンテカルロ殻模型計算による大規模計算により実証され、実験結果の説明に至った。得られた知見は、理研 RI ビームファクトリーを始め、世界の重イオン科学研究拠点が狙う超重元素の物理解明に寄与する。

 球形な状態と大きく変形した状態がエネルギー的に近く共存することは変形共存現象と呼ばれ、原子核物理学の重要なテーマであり、本研究成果が新しい観点や大きな前進をもたらすことが期待される。本研究成果は 10 月 1 日付で Nature Physics に掲載される予定である。
 

本研究は、文部科学省ポスト「京」重点課題 9「宇宙の基本法則と進化の解明」および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)の元で実施したものである。また、本研究成果は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」(課題番号:hp160211, hp170230)を利用して得られたものである。

くわしくは東京大学のプレスリリースをご覧ください。
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2018/6071/

掲載論文

論文誌名:
Nature Physics(オンライン版:10 月 1 日)
論文タイトル:
Characterization of the shape-staggering effect in mercury nuclei
著者:
B.A. Marsh, T.Day. Goodacre, S. Sels, Y. Tsunoda, Takaharu Otsuka*, 他40名
DOI番号:
10.1038/s41567-018-0292-8

用語解説

[1] 原子核の表面の形:原子核は形を持つ。それは球や楕円体である。球を基準として楕円体などになるのを変形という。原子核を液滴のようなものと考えれば、表面張力で球になると考えられるが、実際には変形している原子核の方が多い。変形にはがっちりした堅いものと、ぶよぶよした柔らかいものがある。本研究は水銀原子核の形における異常性に関するものである。
[2] CERN-ISOLDE (セルン-イゾルデ):欧州原子核研究機構(CERN)の 1 部門のこと。日本ではあまり知られていないが、CERN は Higgs 粒子発見のような高エネルギー物理以外にも多様な研究を行っている。ISOLDE は RI ビーム実験の草分けであり、エキゾチック原子核に関する多くの先駆的で重要な実験を行ってきた。RI ビーム実験とは、天然には存在しない原子核を人工的に発生させて、ビームとして実験に用いることを指す。20 世紀末から世界各地で本格的に始まり、最先端の加速器を用いて原子核物理学実験の最前線を成す。我が国の理研 RI ビームファクトリーもそのための施設であるが、CERN-ISOLDE とはビーム発生の仕組みが異なり、相補的な性格を持つ。
[3] モンテカルロ殻模型:原子核の中の多数の陽子と中性子から成る多体系の量子構造を解明する方法の一つ。他の分野で CI(Configuration Interaction)計算と呼ばれる方法と原子核物理での殻模型計算は本質的には同じである。モンテカルロ殻模型は殻模型計算に含まれるが、通常の方法では扱えない非常に大きな系も扱え、大型スパコンによる計算に適している。東京大学を中心に発展してきた。
[4] 相転移:もともとは水と氷の間での変化のようにマクロな系での変化を指していた。この場合には、温度のわずかの変化に応じて、氷から水へ急激に変化する。原子核のようなミクロな系では概念を変更する必要があり、あるパラメータ(コントロールパラメータ、現在の場合には同位体の中性子数)の少しの変化によって、急激に性質(オーダーパラメータ)が変わる場合を指し、1 次量子相転移と呼ばれる。本研究でのオーダーパラメータは(四重極)変形の度合いである。
[5] 魔法数:原子中の電子に似て、原子核にも魔法数があり、メイヤーとイェンゼンが提唱してノーベル賞にもつながった。陽子数や中性子数がそれになると一般には原子核は堅い球形になる。しかし、魔法数の効果が他の効果に負けることがあり、魔法数の破れという。
[6] エキゾチック原子核: エキゾチック原子核:地球上には存在しない、有限な寿命で他の原子核に崩壊する原子核を指す。陽子数と中性子数がアンバランスな原子核であり、多くはベータ崩壊により、より安定度の高い原子核に変わり、それを繰り返して寿命が無限の(またはそれに近い) 安定原子核になる。陽子数と中性子数のアンバランスのために安定原子核では見られないさまざまな性質や現象が見られ、その意味でもエキゾチックというのにふさわしい。
[7] 核力、モノポール力、四重極力 :陽子や中性子を総称して核子と呼ぶ。核力とは核子の間に働く力を意味し、強い相互作用が起源である。ここでは陽子と中性子の間の力に注目しており、それをいくつかの成分に分けることができる。モノポール力とは原子核中のある軌道にいる粒子の数に比例する成分、四重極力とは四重極モーメントに比例する成分である。各々、一様な力ではなく、実際に核子がいる軌道への依存性があり、特定の軌道に入ると力が強くなる。

問い合わせ先

(研究に関すること)
東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻
名誉教授 大塚 孝治(おおつか たかはる)
E-mail:otsuka[at]phys.s.u-tokyo.ac.jp([at]を@に変えてください)
(報道に関すること)
東京大学 大学院理学系研究科・理学部
特任専門職員 武田加奈子、教授・広報室長 大越慎一
E-mail:kouhou.s[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp([at]を@に変えてください)

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