「京」供用開始に向けて着々と準備が進む-HPCI戦略プログラム分野5シンポジウム

2012年3月7日(水)~8日(木)に秋葉原コンベンションホールにて、HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」全体シンポジウムが開かれました。これは年に1回、社会に向けて戦略分野5の研究成果を紹介するシンポジウムです。参加者は、一般向けの初日が67名、研究者向けの2日目は51名でした。

文部科学省から挨拶をいただいた後、2つの基調講演がありました。
まず、井田 茂・東京工業大学大学院理工学研究科教授から「惑星形成論のシミュレーション」と題した、系外惑星が大量に発見される時代の惑星形成論についての講演です。惑星研究は長い間、サンプルが太陽系しかない状況で行われてきました。代表的な仮説が「京都モデル」です。しかし1995年、間接的な方法で太陽系以外の惑星が発見されて状況が一変しました。観測された系外惑星の数は「半年前の発表スライドが使えない」(井田教授)ほど急速に増えており、京都モデルは大幅な拡張が必要との認識で研究を進めています。
現時点では、個々の現象を説明できる基礎プロセスをモデル化し、その後、矛盾が無いように統一する方針で進めています。しかし、わかっていない基礎プロセスはたくさんあり、観測によって補足しているとのことでした。

続いて、テクニカルライターのHisa Ando氏が「スーパーコンピューティングの技術動向」と題する講演を行いました。エクサスケール(1018Flops)の実現を見据え、技術面やコスト面からの動向と将来予測を紹介しました。
より高性能のチップを製造するために欠かせない露光機(微細パターンを作る装置)ですが、現在の装置の加工精度は22~14nmが限界です。波長13.5nm(ナノメートル:10-9m)の光源を使う次世代のEUV露光機が実用化されればより微細な加工ができますが、実用化には、まだ多くの問題が残っています。このEUV露光装置が実用化すれば今後5~10年ほどはムーアの法則に則ったレベルでの微細加工が可能です。しかし装置の価格が非常に高いため、設備投資がしにくくなります。エクサフロップスのスパコンでは、電気代も大きな問題です。現在最も省電力なBlueGene/Qチップに予想される微細化による電力低減を見込んでも、電気代は概算で60億円/年にもなります。
スパコンの性能は、従来の傾向を延長すると2019年に1エクサ、2029年に1ゼタ(1021Flops)に到達すると予測されます。開発費の高騰、省電力、汎用性など課題が多い中、そもそも高いフロップスだけが重要か?という問題提起を含めた講演でした。

1日目の午後は、計算科学推進体制構築と研究開発課題1~4の責任者から、プロジェクト初年度の成果発表が行われました。
計算科学推進体制構築では、KEKの橋本省二教授からユーザー支援について報告がありました。これは、全国のユーザーが助けを求めている案件を、分野5で組織した20名以上からなるユーザー支援チームが検討して、助言や提案を行うものです。検討結果はウエブで公開し、情報共有します。2011年5月~2012年1月までの実績で12件を公開しました。
研究開発課題1「格子QCDによる物理点でのバリオン間相互作用の決定」は、筑波大学の藏増嘉伸准教授から報告がありました。「京」向けのコード最適化が完了し、ゲージ配位生成のための各種テストに入りました。また、核力生成アルゴリズムの改良・高度化を行い、2体・3体バリオン間力計算のためのコードの高度化と実証テストが進行中です。
東京大学の大塚孝治教授からは研究開発課題2「大規模量子多体計算による核物性解明とその応用」の報告です。「京」でのチューニング、軽い核の第一原理計算、閉殻芯を仮定した中重核計算などの研究が進行しています。
研究開発課題3「超新星爆発およびブラックホール誕生過程の解明」は、京都大学の柴田 大教授からの報告です。空間3次元輻射流体+位相空間1次元ニュートリノ輻射輸送では、2012年度に本格的に「京」で計算を行うべく準備を進めています。テストは順調です。磁気流体や一般相対論的輻射流体についてもコードは完成し、チューニングに入りました。
最後に東京工業大学の牧野淳一郎教授から研究開発課題4「ダークマターの密度ゆらぎから生まれる第1世代天体形成」の報告がありました。ダークマター、銀河形成のコードについて、「京」向けの最適化を行いました。またブラックホールの成長に関しては、超臨界降着流への適用をめざし、コードのチューニングと初期条件の設定を行っています。

2日目は、より詳細な16件の講演があり、12枚のポスター発表がありました。カラフルな動画を使用した講演もあり、活発な議論が行われました。この全体シンポジウムは、2012年度も同じ時期に開催する予定です。

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